水仙
@kaereyo_kaerou
歴史創作。腐有り、夢はなし。 最近は明治文壇俳壇歌壇が多い。 歴創タグは刹那の櫻。
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作品集
Collection of Artworks
オリジナルキャラクター・作品
Characters & Theme
刹那の櫻
歴史創作。明治大正を主に取り扱っている。 明治大正文壇俳壇歌壇が多い。また軍部も取り扱っている。 文壇俳壇歌壇の創作の際は、刹那の櫻というタイトルと共に、「駆けろ夢見のホトトギス!」という副題がつけられる。 軍部の主人公は乃木、文壇の主人公は子規。
正岡子規
1867年生まれ。 本名は常規。幼名は升で、通称は幼名からとってのぼさん。 幼い頃はよくいじめられていた。上京してからは野球をよくしたり、小説を書こうとするなど活発になった。 その後喀血したのを機に自らを「子規」と号し、俳句の創作、革新に力を入れ始めた。 また旅が好きで、いろいろな場所へ出掛けている。そして大食い。常人の倍は食べる。 漱石は畏友、碧梧桐と虚子は弟子。
夏目漱石
1867年生まれ。 本名は金之助。 両親が高齢になってから生まれた「恥かきっ子」。幼少期は塩原家に養子に出された。のちに夏目家に復籍。 漱石というペンネームは、子規の文集、「七艸集」への批評を書いた際に初めて用いた。「漱石枕流」に由来している。 子規とは松山で52日間の同居生活を送った。 元は、建築家を目指していたが、友人である米山保三郎の助言により英文科へと移った。 大の甘党。ジャムを直食い。
高浜虚子
1874年生まれ。 旧姓は池内。本名は清。 中学時代は成績優秀、聖人というあだ名をつけられるほどだった。しかし文学熱を抑えられず上京、のち京都三高、仙台二高に入学するも欠席が多く、仙台二高は中退。 経営難だった雑誌「ほとゝぎす」を柳原極堂から受け継ぎ、大手俳句雑誌へと進化させた。 師の子規とは碧梧桐を通じて出会った。碧梧桐とは親友でありライバル。 三つ編みは子規を真似ている。
河東碧梧桐
1873年生まれ。 本名は秉五郎。 幼少期は色白で眉目秀麗。しかしガキ大将気質。 のちに虚子と共に京都三高、仙台二高へ入学するも、虚子が中退したのに従って自らも中退。 また子規のことを崇拝しており、著書からも察することができる。子規には俳句よりも先に野球を教わっている。 そして子規に似て旅好き。新傾向俳句を広めるために全国行脚を行ったことがある。 三つ編みは子規を真似ている。
坂本四方太
1873-1917 鳥取出身。 -------作業中-------
長塚節
1879年生まれ。 茨城の豪農の家に生まれる。幼い頃から記憶力が抜群に良く、3歳で百人一首を暗唱できたといい、地元新聞で神童と持て囃された。 短歌を詠み始めたのは学生の頃で、それから暫くして子規の「歌よみに与ふる書」を読み感動、以降師として慕い、のちに入門。左千夫は子規と節の関係を「理想的愛子」と評している。 童貞だったという説もあり、聖僧の面影があると言われている。美男型。実は陽気だったり…。
伊藤左千夫
1864-1913 上総出身。 伊藤良作の四男として生まれ、厳しい母にも甘やかされて育った。 明治法律学校へ入学したものの、眼病により中退。 1889年には牛乳搾乳業を始める。 子規の「歌よみに与ふる書」を読み、元は議論のため子規庵を訪れたが、子規の論に感動し、のちに入門することになる。 短歌雑誌「馬酔木」や「アララギ」の主宰。 一度愛したら何がなんでも懐に抱いていたいというような人であった。
岡麓
1877-1951 東京出身。 -----作業中-----
平福百穂
1877-1933 秋田県出身。 -------作業中----------
寒川鼠骨
1875-1954 愛媛県出身。 -------作業中-------